思いつくままに http://blog.mirai-toshi.com/ 不動産鑑定士李明源のブログ ja-jp 2008-08-28T23:05:07+09:00 「見えない力」に感謝を! http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=118299 中日の山本投手が200勝を上げたとき、私はナゴヤドームにいました。なんてラッキーだったんだろうと思います。偶然といえば偶然ですが、必然といえば必然ですね。それにしても、200勝という記録がどれだけすごいか?年に10勝を20年継続しなければならないわけですから。これだけの大記録、本人の力、頑張りはもちろんですが、いかに周りの人の「見えない力」が大きいことでしょうか?丈夫に生んで育ててくれたご両親、家族の方、今までのコーチ、監督、チームメイト等数え上げたらきりがありません。山本投手の200勝の喜びコメントのなかで、やはり感謝の言葉が輝いていました。時はオリンピック真っ盛りですが、メダルをとった日本人選手たちのコメントには、必ず周りの人たちへの感謝の言葉があふれています。本当に、心の底からそういう気持ちが湧き上がってくるのでしょう。なかでも、伊調(姉)選手の純真な気持ち、感謝の気持ちは格別素晴らしかったです。4年前のあの銀メダルのときの態度とは、天と地の差でした。この4年間、なにかに気づき、その気づきがいい学びとなり熟成された結果なのでしょう。自分だけの力ではなく、人はいろんな人に力をもらいながら生きていることを悟り、感謝する心が宿ったとき、2倍、3倍、4倍の力になるもんなんだなと改めて気づかされました。謙虚すぎることはありませんが、謙虚な心は大切ですね。山本投手の200勝も、オリンピック選手のメダルも、みんな、心は金色でした。本当におめでとうございます。そして、ありがとう! .. 2008-08-22T18:04:58+09:00 キャンプで避暑を! http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=118030 4?餤顢?????????Ф???å????2????ä????????????Ф??Τ??????ä??Ťθ?Ĥμ?褫æ??????äΤ???????????μĤ褦¤??Τ???褦???ä??ä???δ??ή?餫??褦Τ餮Хå?Ĥ?ĤΥ??????ο?????????Τ?????????礭?¤??餬???δ???礦礬?ä??礭?¤?θ??ä??Τ??????ä?ä????顢礭?¤??Ũ?Τ?礦?????ä???????Τ???餤??????????ä??????????Τ????ä???ä?????Τ?ι??Ĥ?????????ä????????????????? .. 2008-08-12T18:22:46+09:00 ふるさとの夏祭り http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=117762 各地で夏祭り真っ盛りです。ドーンヒュー・ドーン、ドーンヒュー・ドーン。子供の頃、夏が来ると、家から歩いて10分ぐらいの川によく見に行ったものです。成人してからは、ふるさとを離れたので夏祭りはご無沙汰でした。なぜか今年は無性に見たくなって、子供たちを連れて見に行ってみました。名古屋から車で1時間ぐらいのところにある、私のふるさとへ。一時(いっとき)の里帰りです。昔と変わらず、大勢の人、ひと、ヒトでした。人が通る道沿いには、昔とかわらぬ出店がズラリ。子供たちは、お金を持って早速、出店めぐりです。たこ焼き、かき氷、金魚すくい、輪投げなどなど。はしゃいでいました。楽しそうです。私はビールを片手に、土手に座って、目の前の賑やかしい夏祭りを見ながら、少年時代を思い起こしていました。移ろいし過去は、あまり振り返らないことを信条にしている私も、しばしのタイムトリップです。遊んだこと、泣いたこと、笑ったこと、怒ったこと。けんかしたこと、恋したこと。頭のなかを、絵が回転していきます、遠い昔のことが、まるで昨日のように。友人の顔、先生の顔、近所のおばさんの顔など、たくさんのふるさとの顔が浮かんできました。そしてふと、みんなに育ててもらったんだなあという気持ちが沸いてきました。すると、母親の顔が浮かび、感謝の気持ちが自然とこみ上げてきました。一人で大きくなったのではなく、親をはじめとしていろんな人の助けでここまで生きてこられたということが、今更ながらわかりました。ありがとう、おふくろ。ありがとう、ふるさとの人々。ありがとう、私のふるさと。そして、私のふるさと津島市と天王川夏祭りに、乾杯!私の母園です。 .. 2008-07-31T18:35:55+09:00 お天道様は見ている http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=117173 食品の偽装問題、詐欺まがいの行為が後を絶ちません。中国のギョーザ食品問題はまだ解決していませんが、このギョーザ問題が発生したとき、みんな一様に思ったものです、「やはり日本産、日本製じゃなければ安心できない」と。メイド・イン・ジャパン万歳の筈でした。しかし、どうでしょうか?そのイン・ジャパンでの食にまつわるインチキは次から次へと出てきます。先日も、インチキ業者がインタビューに答えていました。「どこ産の肉かは、一般の人ではわからないと思った。他でもみんなやっていること」笑ってしまいます。ばれないと思っても、ちゃんとお天道様は見ています。いづればれます。100歩譲って、たとえばれなかったとしても、そのインチキに対して、見返りは必ずやってきます。因果はそういうふうにできています。それにしても、ばれなければ何をやってもいいという精神は情けないですね。お天道様は見てますよ。 2008-07-15T17:42:33+09:00 紙一重 http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=117035 最近の痛ましい事件に接して想うのですが、どこか他人事のような目線でいろんな事件を捉えている印象を受けます。これは自分も含めてですが。もっと言えば、テレビ劇場を見入る観客のような視点です。果たして、凶悪な犯罪や未曾有の惨事は、自分たちとは無縁なのでしょうか?「自分はそんな事件は犯さないよ」と、きっとみんなそう思っています。それが、意識していようが無意識であろうが。しかし、です。犯人について、インタビュアーが近所の人に聞くと「あんなに優しい人が、信じられません」という声が映像と共にテレビ画面から時々流れてきます。こんな光景を見るたびにごく普通の人が、突如として思考回路がショートしてしまったとしか言いようがありません。自分自身を見つめてみますと、思考回路がショートしたことはありませんが、思考の迷路から抜け出せなくなったことは今まで何回もあります。あとちょっとのところで、ショートしたかもしれません。このように考えると、犯人と私たちは、犯罪を犯す一線を越えるかどうかだけの違いで、紙一重のような気がします。自殺についても同じことがいえると思います。では、その紙一重を越えるか否かの違いは何なんでしょうか?たまたま、他殺や自殺のことに触れましたが、ありとあらゆる場面で紙一重のシチュエーションに出くわすと思います。たとえば、事業で成功した人失敗した人、試験に合格した人合格しなかった人、野球で首位打者をとった人2位に終わった人など。数えればきりがありません。結局のところ、紙一重の一線を越えるか越えないかは、その人それぞれの「こころ」なのではないでしょうか?他殺や自殺も、やけになったり、失望したりした結果ですから、「こころ」のあり様でだいぶ違うでしょうし、勝負事にしても、なにがなんでもという「こころ」が必要だと思います。それならば、「こころ」を鍛えて磨こうと思うのですが。これが、なかなか簡単ではありません。でもよく考えてみると、これが生きる目的なのかもしれません。私は、最近ことあるごとに次のように念じています。幸せは「こころ」のなかにある。上の写真は、私の好きな、名古屋の円頓寺商店街のある日の一枚です。人が疎らで、昔ながらのホッとできる商店街です。ここを歩くのが大好きです。商店街の方は、もっとにぎやかになって欲しいと願っているのでしょうが。 .. 2008-07-02T16:40:56+09:00 黒蜥蜴 http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=116518 やっとかめぶりに、芝居を見てきました。江戸川乱歩原作、美輪明宏さん主演の「黒蜥蜴(くろとかげ)」いやー、良かったですね。高島政宏扮する明智小五郎と、ひたすら美を追求する、美輪さん扮する黒蜥蜴が繰広げる愛と探偵物語に、つい引き込まれしまいました。芝居のよさは、役者と観客が一体となって同じ空気を吸う臨場感ですね。演技も瑞々しくエネルギッシュでした。この芝居の究極のテーマは「愛」でした。物体を愛するのはエセであり自己愛であるが、本物の愛はこころであるという奥深いものでした。それにしても、俗世間とは関係ないところで、芝居、映画、音楽絵画などの文化に触れることは大切ですね。こちらまでエネルギーをもらう気がします。文化は心のビタミンという言葉があります。たまには、芝居もいいもんですよ。 2008-06-13T12:42:05+09:00 机上の理論 http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=116272 先日、知人の結婚式の2次会に参加させていただきました。2次会は大変な華やかさで、会を企画した幹事の方の祝福度が伝わってくるような、素晴らしい催しでした。進行は滞りなくすすみ、最後に、花嫁さんのお母さん(実母)から花嫁さんへの手紙が披露されることになりました。お母さんは2次会には参加されていませんので、花嫁さんの友人による代読です。手紙には、育てた親から、嫁ぐ娘への、愛があふれんばかりの感動的な内容が綴られていました。そのなかでも、大変感銘を受けたのは次のような内容でした。「お母さんは、あなたは何でも机上の理論で押し通すようなことが多いような気がしますので、机上の理論が通じない場合もあるということもわかったほうが良いと思います。・・・・・・・・・・そして、周りの人に感謝する心を忘れないでください」こんなような内容だったと思います。机上の理論が通じない場合もあるという言葉に強く心を揺り動かされました。一般的に、我々の日々の生活は「机上の理論」で動いているような気がします。しかし、時には『机上の理論では通じないときもある』という、生きる上での一番大切なことを、母から子への最後の教えとして、手紙に託したんだなあと率直に感心しました。なんて素敵なお母さんだろうと感動しました。そして、手紙の最後は、『感謝する心を忘れないでください』という言葉で締めくくってありました。机上の理論という「めがね」だけで物事を見ると、どこかに感謝の心を置き忘れてしまう、そういうことって多いですよね。そもそも、生きていること自体、机上の理論では解明できないのですから、やはりまず「心」ありきなんだと思います。本当に、心温まる2次会に参加できて感謝しております。○○さん、どうぞ末永くお幸せに!そして、ありがとうございます。 .. 2008-06-03T17:55:33+09:00 たんぽぽ魂 http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=115869 「たんぽぽ魂」踏みにじられても食いちぎられても死にもしない枯れもしないその根強さそしてつねに太陽に向かって咲くその明るさわたしはそれをわたしの魂とする坂村真民「念ずれば花開く」より私はこの詩が好きです。道端に何気なく咲いていますがたんぽぽは、決して威張らずしなるような強さを教えてくれます。生きていると誰にでもいろんなことが起きます。でも、だいじょうぶです、「たんぽぽ魂」があれば。 2008-05-21T15:05:28+09:00 真っ赤なバラ http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=114957 最近、花屋さんによく行きます。事務所で飾る花に出会うために。先日も、ふらっと花屋さんに出向きました。店には女性客2名と女性店員1名が居ただけで男性客は私しかいません。しかも無骨な顔をした男(私)です。以前はなんとなく気恥ずかしかったですが最近は気にならなくなりました。40歳代も半ばを過ぎると心が座ってきたのでしょうか?それはさておき、店内をぐるっと1回りしてみました。ひまわり、ガーベラ、カーネーション、ゆりキキョウ・・・・が咲き誇り黄色、緑、薄ピンク、赤、紫など様々な色を楽しませてくれています。花達はみんな美しくて鮮やかです。どれを買っていこうか?悩みました。しかし、2回り目を歩き出したとき真っ赤なバラが目に飛び込んできました。ウーン。真っ赤だ。キレイだ。よし、これにしよう!即断即決しました。ということで、下の写真は私の事務所に活力をくれている「真っ赤なバラ」です。真っ赤なバラの花言葉は「情熱」とも言われています。今の自分の心境にピッタリです。なぜか、そのときの気持ちを表した花を自然と選んでいるような気がします。不思議なものです。それにしても、花は素晴らしいですね。人に、安らぎや勇気などをくれますが、何かを返してくれとは言わないのですから。これが本当の「愛」なんでしょうね。 .. 2008-04-21T14:25:35+09:00 個と集団と付和雷同 http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=113976 人間というのは、強弱の差はあるにしろ、どうも付和雷同型らしい。日本人は和の精神を重んじるあまり、どちらかというと付和雷同気質が出やすくなっている。それに対して、個を主張することをグッドとする米国は、付和雷同の行動は出にくいだろうと思っていた。しかし、この考えは間違っていた。いま世界経済を賑わしている米国のサブプライム問題。よく検討して融資すれば、リスクがわかるから、こんな大問題に発展することもなかったと思うのに、みんなが融資するから、いけいけドンドンで融資したら、こげついちゃったという単純な話。まるで、どこかの国の首都が税金の恩恵でつくった○○○銀行と同じだ。要するに、責任の所在が明確化されていないと、たとえ個を主張する米国であっても、集団行動の中に個は埋もれてしまうのだろうと思う。個人が自分のお金を貸していれば、ブレーキはかかるはずだが、所詮は他人のお金。心のどこかで、謝ればそれで済むとでも思っていたのかもしれない。それにしてもお粗末な所業である。 2008-03-21T19:28:37+09:00 初日の出 http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=111789 このブログをご覧になっていただいている皆様2008年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。新年というのは心改まるものですね。私は毎年、初日の出を拝んで新年を迎えますが、皆さんは、いかがでしょうか?今年の初日の出は格別素晴らしかったですよ。2007年もいろんな経験を通していろんな事を学びました。そして2008年を迎えることができました。生きていること、生かされていることに感謝し、今年1年の目標を言葉にして拝みます。お日様を見ると、「いま生きているだけで○だよ」って教えてくれる気がします。 2008-01-07T11:43:53+09:00 東山植物園の紅葉 http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=110596 ?Ų??????????Τ¸Τ?礦???Τ???ä???????ι??????ä?Ф???ä?????衣?? 2007-12-05T15:03:31+09:00 「楽しむ」ことの尊さ〜日本シリーズより http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=109046  もうすぐプロ野球は日本シリーズに入る。 昨年に続き、今年もドラゴンズと日本ハムだ。マスコミは、投手力、打撃力、守備力を比較して総合戦力はどちらが上かを分析し勝敗予想を行っている。こうした予想を見る限りでは、大方ドラゴンズ有利である。 では、少し違った角度からドラとハムを見てみよう! まず昨年、戦力はたいしてかわらなかったのに、ドラゴンズは1勝先勝してその後4連敗、なぜドラゴンズは負けたのか? いろんな要因があるだろう。 しかし一番大きな要因は、ドラゴンズの選手と日本ハムの選手の精神面の差が結果に出たのだと思う。 ドラゴンズは2004年の日本シリーズでは優勝できなかったので2006年は「今年こそは」と意気込んでいた、それが悲痛なまでに勝ちを意識させすぎて、精神が固まり体まで固まってしまったのだろう。 方や日本ハム。日本シリーズに臆することなく、お祭り騒ぎが好きな選手がムードメーカーになって、選手一人一人が楽しんでいた。もちろん、アメリカから来た監督だったことも大きい。 やはり「楽しむ」ことは潜在意識を目覚めさせ大きな力を発揮させる。 日本には、苦虫をかみつぶしたような顔をして頑張ることを美徳とする文化がある。どこか、嗤いながら楽しみながら頑張ることに美徳を見出さない文化がある。 しかし、楽しみながら頑張るところに大きなエネルギーが宿るということに改めて注目したい。これは、スポーツだけでなくビジネス、趣味、子育てなどあらゆることに通じると思う。 生ある今、「楽しむことの尊さ」がどれだけ重要であるか。 それができるかどうかに、中日ドラゴンズの日本一はかかっているといってもいい。 頑張れドラゴンズ、日本一『楽願』達成! .. 2007-10-24T14:52:35+09:00 親にとって、子供の本当の幸せとは? http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=105322  最近の子供たちの習い事の多さには凄まじいものがある。特に小学生は、学習塾、英会話、習字、野球、サッカー、ピアノ、バレーなど多種多様である。幼稚園児だって、それに匹敵するくらい習い事数が確実に増えている。 学校から帰ったら、今日は塾、明日は英会話、そして明々後日は・・・と続く。暇などはない。少しの暇があったらゲーム機とにらめっこが始まる。 また、親は子供をいわゆる「頭の良い子」(学校の勉強ができる子)に育てたいために、幼児期からいろんなことを教え込む幼児教育を取り入れて、子供を「天才」にしたいと思う。 もちろん、子供のための教育とか、習い事がいけないということではない。  その前に、なぜ子供を教育をするのか、どういう子供に育ってもらいたいのかという、親としての理念が必要ではないのだろうか。  「なぜ子供を教育するかって?そんなの、子供に幸せになってほしいからに決まってるでしょう。頭が良くて有名大学に入れば、いいところに就職もできるし、頭がいいんだから自分で事業もできるし、何でもできるでしょう」  では、子供の幸せとはなんだろうか? 昨今の子供の事件を見てみると、いわゆる英才教育を受けた子供がひきおこしているケースが多い。また、大人の自殺者をみても、高学歴者が少ないというわけではない。 子供が事件を起こすかどうか、或いは大人が自殺するかどうかに、頭が良いか悪いか、高学歴か否かは関係ないのである。  そうであるのに、「子供の幸せのために」と、親は言う。そして習い事、勉強、英才教育、脳のトレーニングなどをさせる。 けれども、習い事とか学業自体は幸せになるための一道具に過ぎない。 本質的な部分では、頭がよくなるだけで子供は幸せになることはできない。  やはり、人の幸せは各個人の心のなかにあるものである。 「学業」とか「頭の良さ」を幸せまでの指定席と勘違いしないほうが良いのだと思う。 ましてや、学校の成績がよいとか、○○大学を出たとかは、所詮マスターベーションに過ぎない。難しい学業を積んで、それを社会でどうやって役立たせるかが重要である。 間違っても、子供の成績や学歴を親のマスターベーションにしないようにしたいものだ。  個人的には、子供の教育で目標としているのは、「いつでもプラス思考で前向きに雑草のような心」「自分を愛し人を愛し感謝する心」「いつでもニコニコ笑顔を忘れず楽し .. 2007-07-27T20:09:19+09:00 ????к http://blog.mirai-toshi.com//index.php?itemid=101057  世界はあらゆる壁を取り払いながら、少しずつ一体化に向かいつつあります。同時に、世界的に裕福なものと貧しいものの格差が大きくなってきているのも事実かもしれません。アメリカ発資本主義自由競争社会が浸透し始めているからです。 でも一方で、産業の発達が遅れていた国のめざましい発展は喜ばしい限りです。頑張れば成功できるという「ドリーム」は人間の心に火をつけるのには充分すぎるかもしれません。 さて、日本国内を見渡しますと、ITのおかげもあり儲かっている人は、アイデアと心根次第で急激に儲かり、アイデアや貪欲さにかける人はあまり儲かっていないのが実状かもしれません。 このことを指摘する政治家、評論家、学者の方がいますが、「楽して巨万の富を稼ぐなんて」という発想なんでしょうが、巨万の富を稼いだって不幸せな人は結構多いものです。 逆に、あまり儲かっていない人も、衣食住は最低限の生活をしていますし、ゆったりとした時間を過ごし、それで幸せを感じられればそれでいいのでは、と思います。要は気の持ちようだと思います。経済社会が充実している日本においては特にそうだと思います。 そのことよりも、私が気になるのは、世界が一体化に向けて進みだし、より競争が激しくなったときにチャンスが平等に与えられず、競争に乗り損ねた者及び敗れ去った者の、「ねたみ」「ひがみ」です。そのマイナスの心が犯罪や暗黒を生んでいくような気がします。  貧富の差が開きすぎているからと言って、貧富の大差自体を問題にして、ひと昔前の日本の「平等な生活」を志向する方がいますが、その「平等な生活」は世界では通じない時代を迎えました。あらゆる世界の壁が低くなり日本一国だけの論理では通用しないからです。 それよりも、「平等なチャンス」を与える経済政策を世界的に追求すべきであり、「競争社会」という概念を、「競走社会」という概念に変えて、競い合いながら走るという意味合いをもっと強くすべきではないでしょうか。 .. 2007-05-02T19:16:23+09:00